行くぜ!ヘトヘト東北観光旅 (2日目 三陸鉄道駅めぐり)

宿泊した宮古ホテル沢田屋さんを出て、宮古駅へ。
この日はまずはレンタカーで、昨日は数分の滞在だった田野畑駅へ戻ります。

というのも、田野畑は以前家族旅行した思い出の地。
宿泊した羅賀荘の状況など、とても気になっていたからです。

同行の相方には今回の旅ににもう一つ大きな目的がありました。
三陸鉄道の切符を大量購入して復興の応援をすると共に、買った切符を知人へのお土産にして、三陸鉄道を知ってもらう、というものです。
無事、「宮古~田老」間の切符を25枚、日付の記載無しで購入できました。


田野畑へ向かう途中、島越駅を訪れました。

三陸鉄道の線路や駅は海沿いにあるものが少なく、そのため景観が楽しめる箇所は少ないのですが、
それが今回の震災での被害を少なくし、北リアス線は震災直後から住民の方の生活を支えることができたそうです。
(その様子はマンガ『さんてつ 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 震災の記録』(新潮社)』にも描かれています。読み応えあり!)

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北リアス線で唯一、海沿いにあった島越駅は、津波の直撃を受け全壊しました。






画像震災前は、瀟洒な駅舎が人気で、宮沢賢治の童話にちなんで「カルボナード島越」の愛称がつけられていました。

海を臨む小さな入り江は、きっとこじんまりと趣のある場所だったことでしょう。
今は、賢治の詩碑だけが残っていました。


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三陸鉄道は国の支援が決まり、全線復旧に向けて工事が行われています。
島越駅でも工事が始まっていました。







次に、田野畑駅へ。
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こちらも可愛らしい駅舎で、やはり賢治にちなんだ「カンパネルラ田野畑」の愛称があります。





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さらにここは、「鉄道ダンシ 田野畑ユウ」の勤務地(^_^;)。







田野畑駅は震災後の運休中も、住民のたまり場として店舗を開いたりして利用されていました。
三陸鉄道の駅には、そんな風に、地域の方々の生活の一部となっている駅が多くあります。


田野畑駅から海へ向かいます。
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2010年の年越しを過ごした羅賀荘は、震災で甚大な被害を受けました。



宿にいた方々は上階に避難し無事だったそうです。








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訪れてみると、私たちがその上で初日の出を見た立派な防波堤が、無残に破壊されています。
それを間近にした方々の恐怖はどんなに大きかったことでしょうか。





休日にもかかわらず、測量のお仕事をされている方がいました。
お話を伺うと、登記の変更のために、流されたり被災した住居跡の調査をしているとのことでした。
そういえばテレビで、その作業が膨大で人手が足りずなかなか進まないために、新しい生活を始められない被災者の方々のことを見た記憶があります。
休日返上のお仕事。本当にお疲れ様です・・・。


羅賀荘の前の入り江では、観光客向けに「サッパ舟」の体験が行われていました。
私たちは時間が無くて体験できませんでしたが、楽しそうでした。
北山崎や鵜の巣断崖などの景勝地もある田野畑村。
ぜひ訪れてみてほしいところです。


さて、今回の旅の目的は「観光」なので、一大観光地「龍泉洞」も訪れてみました。

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吉永小百合さんもJRのポスターで宣伝してますが、
ここ、ホントに凄いところです!
(写真が分かりにくいですが、確か吉永さんもこんなアングルだったのでは??)
観光客がたくさん来ていました。


外気温が35度を超えた日でしたが、中は10度・・・。
上着の持参をオススメします・・・。



45号線を南下して、いったん宮古まで戻ります。

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宮古の沿岸部の復旧もまだまだこれから。
でも、港の道の駅が、仮設で営業を再開していました。







次の目的地はこれも家族旅行の思い出の地「碁石海岸」。
本日のお宿「民宿 海楽荘」を目指せばいいだけだったのですが・・・。


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45号線沿いにある運休中の三陸鉄道の駅「唐丹(とうに)駅」をみつけて立ち寄ったことから、
その後、怒涛の駅めぐりの旅になってしまいました。




三陸鉄道の多くの駅は国道から離れた、小さな入り江の小さな集落の中にあります。
わかりにくく、探すのはナビ頼み。

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訪れてみると、どの駅も駅としての営業はしていないのに、住民の人たちに大事にされているのがよく分かりました。
手作り感満載のさんてつ通信。






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「吉浜(よしはま)駅」







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「三陸(さんりく)駅」






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「甫嶺(ほれい)駅」
被害を受けて工事中。






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「恋し浜(こいしはま)駅」

三陸鉄道随一(?)の観光名所駅!
この駅の名前が題名の演歌もあります。





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駅の待合室は、願い事を書いたほたての殻で埋め尽くされています。

そしてここは、田野畑ユウの同僚、「恋し浜レン」の勤務地でもあります。
またこの駅で働ける日が早く来るといいですね・・・。


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「綾里(りょうり)駅」

ここで日も傾き、心身ともにヘトヘトに・・・。

ここから先の駅は翌日訪れました。



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「陸前赤崎(りくぜんあかさき)駅」

訪れた南リアス線の駅の中では一番被害が大きかった駅でした。
解体工事が進められていました。
住民の方も、まさかここまで津波が来るとはもちろん思わないだろうという立地・・・。
近くには小学校が、津波の爪あとを残し、まだ手付かずのまま建っていました。


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「盛(さかり)駅」


南リアス線南下、最終駅で、大船渡の市街地にあります。
隣りはJR大船渡線の終着駅ですが、こちらは営業再開のめどは立っていません。

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駅舎には多くの人が出入りして、地域の人が立ち寄る場所になっているようでした。
復興支援のグッズなども売られていて、ついつい衝動買い・・・。
営業再開を心待ちにする生きた駅、という感じでした。


三陸鉄道は平成26年4月に全線営業再開の予定で頑張っています。
それは、大々的に建設の行われている「復興道路」とはまた違った、
小さな入り江の小さな駅一つ一つを利用する地域の方々一人ひとりの生活が見えるような、そんな前進に感じました。

この記事へのコメント

辻本
2012年10月17日 08:14
こんな素敵で美味しそうで楽しそうな観光旅行が復興支援になるんだよね!また懲りずに誘ってください!
ichi
2012年10月17日 12:52
辻本さん、「無礼講」で大宴会しましょうよ。
貸し切りバスかなんか借りちゃって。

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