大岳山

北アルプスに行くには、まだ何となく心配・・・。
でももう、ちゃんとお出かけの登山は行けないし・・・。

と、朝に思い立ち、昼から出かけた東京都あきる野市最高峰大岳山。
その姿は西多摩地区のあちこちから望め、関越道からもすぐ分かる、私の第二の故郷の山って感じのお山です。

自宅から車で40分。
御岳登山鉄道の駐車場に車を置き、ケーブルカーで一気に400mほどかせぎます。
山頂駅は800mを超えているので、涼しく感じます。

今日はトレーニングということで、荷物には飲まない3L近いお水を入れてみました。
そして、短い時間だけど少しペースアップして負荷をかけたらどうかしらと、まるでトレランのように突き進んでみました。
(これがトレーニングとして効果的かどうかはまるで分かりませんが)

御岳神社を通り過ぎ、長尾平にさしかかると、
あらら、ステキな売店ができてる♪
・・・でも、ダメダメ、先を急ぎます・・・。
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清涼な空気のロックガーデンも横目で見ながら通り過ぎ、奥社までがむしゃらにUP!
奥社のお社はそんなヤケクソな私をも、静かにお迎えしてくれました。
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「あと少し、よろしくお願いします」
と、また都合のよいお願いをして、岩場をガシガシよじ登り・・・到着!!

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頂上滞在時間3分かな。
すぐに下山開始(^_^;)
なにやってんだか・・・。

奥社まで戻って、今度は少し雰囲気を楽しみます。
御岳の神社の主「お犬様」。
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でもやっぱり一気に下山!
御岳神社到着~~~。
登山者としては悪い見本の私を無事に下山させていただきありがとうございました!
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さて、これでもきついんだろうなあ~~~北アルプス・・・。

高原山

裏銀座へ向けてのトレーニング第2弾は、Hちゃんが休める平日に設定。
すると、他にも行ける友人が2名参加。
少し足を延ばしたいなと思い磐梯山を考えたのですが、日帰りはもったいないので、
那須のお山の手前にある高原山に行くことにしました。

高原山は、剣ヶ峰、釈迦ヶ岳、鶏頂山の3つの頂からなります。
そのうち今回は前者2つを目指しました。

前回に続き霧に包まれた登り始め・・・。
晴れていたら駐車場の大間々台からすでにすばらしい景色が広がってるはずなんだけど。
どうも、天気に恵まれない・・・。
ん?天気悪そうなのに一応登れてるのは恵まれてると言うのか?
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ああ~~雄大な景色だね~~~
と、妄想を膨らませながら登る・・・(^_^;)
すごい強風。さえぎるものが無いのね・・・と、妄想は更に膨らむ・・・。
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しばらく登ると賽の河原のような景色の中に八海山神社が現れました。
あの世への入り口??
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ここからほんの少しで剣ヶ峰のはずが、思いがけず大きく下り、登り返して、ようやく到着。
で、すみません、またよろしくお願いします。
何が何やら分からない、人文字初参加のKDさんを巻き込んで、
KEN(^^♪
(ツルギだったらNGだけど、どうなんだろ??まあいいか)
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ここだけ強風が無い場所発見。
で、お昼にしました。
この岩、見事だったな。
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この後もず~~~~っと霧の中~~~。
心のきれいなKDさんは、「こういうのもすごくいいですね!」とあの世気分を大満喫しているようでした。
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私もね、こういうの嫌いなわけじゃないけどね、でも晴れたら景色かなりいいらしいですよ・・・。

登りと尾根歩きを繰り返すうちに、頂上到着!
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名前とこのお方とどちらが先なのか、お釈迦様もいらっしゃいました。
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そして、一発で決めました、SY(a)K(a)
相変わらずHちゃんの手の伸びはいいなあ。
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何だか上空に青空がチラッと見えたりして、期待を持たせたかと思うと降り始めたりと不安定なお天気。
下山を始めました。
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下のほうはぐるっと回れる遊歩道になっていて、森がとても美しく、いつものように「♪もののけ姫」を口ずさみながらマイナスイオンをたっぷりチャージしました。

さて、お疲れ様の温泉は、秘湯「赤湯鉱泉」へ。
ネットでばあちゃんが薪で炊いてくれると見てから、どうしても行きたくなってしまって、
少し行程を無理して来ちゃいました。
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湯船は一つ。
男女交替で入ることになります。
「女性から入ったら~~」とおばちゃんが言ってくれたので、先にいただきました。
残念ながら鈍感ゆえ、薪で炊いたお湯の違いとかよく分からない私だけど、いや~~~~気持ちよかった!!
おばちゃん、ありがとう(^o^)

男性が入ってる間、館内を見てみました。
落ち着く風情。
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おばちゃんに、薪で炊くところを見せてもらえないかとお願いすると快く案内してくれました。
お風呂のすぐ裏。
わあ~~~いいわあ~~~~。
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と、おばちゃんが突然ガラっと窓を開けちゃった。
中には同行の男性2名。
なんてことなくお湯のたし方などを指示するおばちゃん(^_^;)
あ、このネコはここんちのカワイイやんちゃチビネコ。
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ここのお湯は、加熱すると赤くなるということで、湯船のお湯は鉄色ににごっています。
「もしかして、写真とっても大丈夫???」と声をかけると、
「いいよ~~~大丈夫~~~」とのお返事。
除き魔写真、いただきました~~~。
それにしても気持ち良さそうだねえ~~~。
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景色は残念だったけど、雰囲気はばっちり楽しんだお山となりました。

で、次は北アルプス??
ひえ~。

鷹ノ巣山

「夏に双六岳」を決めた友人Hちゃんと、綿密な(!?)トレーニング登山計画を立てました。
第1弾は、まずは足慣らし、と、初心者の方もお誘いして御前山へ♪
のはずが、天候があまりよくなく、初心者の方が次々撤退し、ベテランの方も飲みつぶれ、結果、Hちゃんと2人に。

そんならもうちっと歩いとくかって事で、鷹ノ巣山を目指しました。

暑いので、できるだけ上のほうまで乗り物で行くことを考え、レンタカーを借りて奥多摩湖の先、峰谷の奥集落まで1000mぐらいUP。
そこから山頂をピストンしました。

登り始めは何やらたくさんのお社。
天候がイマイチだし、2人だし、「良い子にするのでよろしく御守り下さい」とお願いして入ります。
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杉木立が気持ちよい。
けど、ず~~っと登り~~~(^_^;)。
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おトイレもあるきれいな避難小屋を過ぎると、ひと頑張りで山頂でした。
ここまではず~~~っと霧の中だった私たち。
何だか明るいんだけどな~~~。
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霧が晴れるのを願いつつ、作業にかかります。
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 T












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 K













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 N













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 S













自宅にて合成。
T(a)K(a)N(o)S(u)!!!
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かつて、これほどシュールな山頂人文字があったかと身震いしましたが、友人たちにはけっこう好評でした(^_^)

作業に夢中になっている間に振り返ると、
おお~~~~晴れ間が~~~~。
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向こうには大きな富士山がドドンと構えているはず!
太陽どの、もっと頑張って~~~!

山頂では残念ながら雲は切れず下山開始。
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と、途中から・・・

富士山の腰(^_^;)???
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写真には収められませんでしたが一応頂上付近も垣間見ることができて大満足。

その後はたったか下りて、もう下り飽きたよ!!って頃に下山完了。
車を返して、至福の一杯をいただいてお家に帰りました。
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さて、ホントに来月、北アルプス行けるのか!!??


玉ねぎ収穫2013

今年で4年目となった、玉ねぎの収穫。
羽村の中野さんの畑でのお手伝いです。

私は今回、11月の植える時には参加していないのですが、その時お手伝いしてくれた方々で、植え方バトルがあったらしく(^_^;)、いろんな意味で楽しみな収穫でした。

今回もあちらこちらから友人知人が集まり、総勢17名での作業となりました。

まずはレクチャーを受けます。
売り物ですから、ちゃんとやらないと・・・、と、みんな真剣に聞いています。
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そして開始。
「ストレスがたまっている人は引っこ抜くほうを、何か縁を切りたいものがある人は葉っぱを切り取るほうをやってください」
と、妙な役割分担をして臨みます。
「腰が~~」とのうめき声ももう恒例・・・
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こんなに立派な玉ねぎたち~~~。
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今年は植えた後すぐに霜がおりたため苗が土から浮き上がってしまい、手入れはしたものの、半分近くがうまく育たなかったとか。
生き物相手のお仕事、ホントに大変です。
植えた私たちもちょっと責任を感じたりして・・・。
次回リベンジ!!

作業も終盤、袋詰めして、一輪車に乗せて農道近くまで運びます。
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そして、作業終了!!
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作業は随分早く終わりました。

たくさん人数が集まったお陰ですが、もしこの週に雨が降ったら作業は中止となり、ボランティアにばかり頼っていられないので、あらかじめ中野さん達が作業を進めておいたためでもありました。
何しろ、商品なのですから、ちゃんとしたコンディションで収穫しなければならないのです。

早く終わったので、別の作業もやらせてもらいました。
ナスを植えたマルチの横に、ワラを敷いていきます。
一つは地温が上がりすぎるのを防ぐため、もう一つは、雨で泥がはねて実を傷めるのを防ぐためだそうです。
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そして・・・。
いつもありがとうございますの昼食タイム!
トマト・キュウリ、レタスなどのお野菜の他、奥さんが朝から準備してくれたお赤飯と玉ねぎのお味噌汁!
ボランティアのKさんが用意してくれたおかずたち。
美味しかったです~~~~。
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そしてお土産もいただきました。
いつも申し訳ないのですが、でも、やっぱり嬉しい♪

この日収穫した玉ねぎは、中野さんのビニルハウスでさらに乾かして直売所などで売られていきます。
地元の物を選んで食べるということを、できるだけしていきたいなあと思うのでした。
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集まっていただいた皆さん、お疲れ様でしたm(__)mm(__)m
次回、苗を植えるのは11月です!

歌謡コンサート 2013

今年もやりました、歌謡コンサート!

NPO法人在宅福祉サービスウイズさんが行っている、知的障害のある方の余暇活動事業。
そのお手伝いで、6月の実行委員として歌謡コンサートを企画しました。
内容はウイズさんのホームページで。
http://www.npowith.or.jp/event/pg/view.cgi?id=1369786104

実際のところ、準備はほぼ事務局さんにやってもらってしまいましたが、
やっぱり音楽は、いろんなものを超えた共通語だなあと思える一日。
お話が苦手でも、音楽でつながれるって、嬉しいことです。
いろいろ大変だったけど、私が一番楽しませてもらっちゃって、感謝感謝♪

ウイズさんは常時ボランティアさん募集中です。

奥多摩都民の森 森づくり技術講習 2日目

2日目は雨も上がり、実際に「体験の森」へ入り、今後1年間の講座のガイダンスを中心に歩きました。

お出かけの前に、のこぎり体験第2弾、ネームプレート作り。
楽しい♪
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いよいよ森へ。本日の説明
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体験の森は、森の様々な用途を実感するために工夫して作られています。
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ところどころに巨樹も残っていて、広場として整備されたりもしています。
こちらはメグスリノ木の広場の大きく枝を張った立派なメグスリノ木。
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パワー、いただきますm(__)m

ガイダンスをしながら、作業もしました。
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今、東京の森でも、鹿の食害が深刻な問題になっています。
エサの無くなる冬場は特に、植林したばかりのスギやヒノキが食べられがちです。
それを防ぐための方法はいろいろ考えられていますが、一般的なものはとてもコストがかかるので、なかなか実施しにくい・・・。
ということで、ここでは、ちょっとした網を使って防ぐことができないかと実験したそうで、その経過を見ながら網を付け直したり外したりする作業をしました。

眺めのいい広場に出て、ここでお昼ごはん。
おばあちゃんたちが作ってくれたお弁当をいただきます♪
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なんて至れる尽くせりな講習なんだ・・・。

次は、間伐講習を行う予定の場所へ。
急斜面に入っていきます。
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今後、間伐とか、木に登って枝打ちとか、するらしいです・・・・。
私にもできるんかねえ・・・。
楽しみです。

森の家に戻って総括のお話を聞いて解散となりました。

充実の講義に1泊4食ついて9,700円って、安いっっ!
あと7回の講義、できるだけ参加したいと思います。

奥多摩都民の森 森づくり技術講習 1日目

何年も前から気になっていたこの講習。
ようやく申し込みしました。

この講習の拠点となるのは「栃寄 森の家」という施設で、東京都が都民の森の整備と共に作り、今は奥多摩町が運営しています。
こじんまり、清潔で、居心地のよい施設です。
講師陣も東京で現役で林業に携わるエキスパート揃い。
ここで、1泊2日、がっつり講習します。

年間8回行われるうちの第1回の今回は、「東京の森 その現状と課題」というテーマでした。

「森」というと、緑の深い癒しの場という役割りが一般的には馴染み深いですが、昔から人間の生活に取り入れられ、役立ってきた側面もあります。
ここでは、「林業」という側面からみた「森」を知っていきます。

初日は雨。
プログラムを組み替えて、バスに乗って西多摩地区の森づくりの現場をいくつか見て回り、「現状と課題」を解説してもらいました。

まずは、今大規模に伐採が行われている御岳エリアの現場へ。
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ここは、私自身仕事で関わっているところでもあるので、興味深く説明を聞きました。
仕事で関わっていても、全容は分からなかったり、見方が一方的になってしまったりします。

見た目にもインパクトの強いこの現場は、通りすがりの観光客などには、「自然破壊が行われている」と映りがちのようですが、今回きちんと説明を受け、多くの方に東京の森林・林業の抱える問題や現状を伝えるきっかけになりうる場だと思いました。

次に向かったのは、崩落が起きてしまった現場です。
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木を伐採した後には基本的には木を植えますが、その根が張って土壌をしっかり支えるようになるには10年以上かかり、もと生えていた木の根が枯れて土壌を支えられなくなる10年前後のところが、もっとも崩落のおきやすい時期なのだそうです。

この現場の崩落の原因を一義的に語ることはできませんが、人の手を入れて森を育てていくには、長いスパンと様々な知識が必要なのだと実感します。

ここでは、手入れが入った森(間伐・枝打ちなどがされている)、手入れのされていない森の両方も見学しました。
一口に「手入れがされている」といってもその方法・程度・考え方は様々なのだそうです。
「どういう森にしたいのか」を明確に持って森を育てていくことが大事だと、繰り返し語られました。

次に訪れたのは、程度が良くなく、売れないスギをチップにして利用するための工場です。
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国が間伐の利用を推奨していることや、東京都が大規模な伐採の事業を進めていることなどもあり、ここ数十年低迷を続けていた林業が、再び回り始めていますが、その出口確保は必ずしも順調ではありません。
木の良さを生かして、様々なところで使用されなければ、人の手の入った森の課題はなかなか全面解決には至らない、というのが現状のようです。
ここで作られたチップは、清掃工場や温泉などの燃料に使用されます。

なんでもない景色が、深~~い事情を持っているということに頭と心を揺さぶられながら、いったん森の家へ戻りました。

午後も雨が続いていたため、座学となりました。
午前中の見学をふまえながら、江戸時代にまで遡ったり、海外との絡みなど広い視点で見たり、こちらも大変興味深い講義でした。
日頃の疑問を質問すると、二人の講師と森の家の担当者さんがいろいろな視点から答えてくださり、目からうろこが落ちまくりでした。

さて、お勉強の後は・・・お楽しみの夕食♪
お料理上手の近所のおばあちゃんとおじちゃんが腕を振るってくれます。
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おお~~東京産奥多摩やマメ!おばあちゃんが取ってきてくれた山菜のてんぷら!
とっても美味しかったです。
ここのよいところは、冷蔵庫にお飲み物が入っていて、箱にお金を入れて勝手に飲んでいいこと(^^)
夜の講義もあるけど、まあまあ・・・とビールで気分よくなっているところへ、
おばあちゃん手作りのわさびの粕漬けが、凍らせてキューブ型で登場。
くう~~~~~~っ、これ、最高!!

「夜の講義は、のこぎりの使い方の講習をします。その後作ったばかりの囲炉裏の周りで講義ですが、こちらは自由参加です。」
・・・って、楽しそう過ぎるじゃないですか。

のこぎりの使い方って・・・
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おちょこ作りました(^_^;)

で、職員の山田さんお手製の囲炉裏の周りで・・・。
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わ~~~~い♪♪
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焚火と職員さんたちの差し入れに、マックスハイテンション。

とはいえ、ここでも参加者それぞれの森への思いなどが語られ、熱い時間となりました。




三陸の旅 その1

ゴールデンウィーク後半、三陸に向かいました。

今回のメインテーマは、昨年度4回行った「遊結」でのボランティア活動の中締めとして、気仙沼大島「明海荘」を訪れ、多くの方が寄せてくれた寄付金で購入した物品をお渡しすること!!

そしてサブテーマは・・・宮古「無礼講」さんでの宴会~~~\(^▽^)/

「遊結」で活動した知人4人と共に宮古から気仙沼までの45号線の旅でした。


5月3日【1日目】
朝7時桶川駅集合で車で向かう組と、13時半の新幹線で向かう組の2手に分かれて出発。
車組の到着予定16時、新幹線組の到着予定18時半でしたが、渋滞に次ぐ渋滞で、結局車組の到着は19時を超えてしまいました。
でも、東北にたくさん人が来てくれて嬉しい・・・。

「無礼講」さんは、震災後の9月に訪れて以来、私はもう3度目になります。
ご主人と奥さんは、被災した店舗をいち早く改修し、地道に美味しい料理の提供を続けてこられました。
宮古は東京からとても遠いのでなかなか来られないけど、貸し切りバスを借りて訪れて大宴会するのが夢!?
今回は下見ということで(^^)v

この日は今までで一番お客さんが入っていて、お店は大忙しでした。
めでたいめでたい・・・。
では三陸の珠玉の海の幸を。

何は無くてもこれです、刺し盛りっっ!!
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ホヤはこれからが旬。
ホヤが苦手な私もここのはいける~~。

アワビちゃん~~。
ウニ君~~。
(しかしこの後怒涛のウニ攻撃に、完敗となる私たち(^_^;))
お魚君たち~~。

奥さんイチオシ、花ガキ~~。
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うに丼~~~。
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焼き魚とサービスのアラ汁も美味しかった~~~。

幸せ度もMAXになり、お店の方も少し空いてきたようなので、カウンターに移動させてもらってご主人のお話を聞きました。

震災時のこと、震災後のこと、今のこと、これからのこと・・・。
どれも、多分、私たちが聞いて想像する範囲を超えた困難と向き合っていらっしゃると思うけど、どうかお元気でこれからも美味しい宮古の幸を提供してください。
遠いけど、また来ます!!

なんて言ってる間にもサービス品が振舞われちゃって・・・。
エライスンマセン・・・。

圧巻が再登場のウニと・・・・・
(「パフェではありません」(同行者知子談))
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「お祝いの席ではこれなんだよ」とご馳走してくれちゃったお酒!!
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プハ~~~~~~っとすっかりご機嫌な私たち。
無礼講さん、ホントにありがとう!ご馳走様でした!
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本日のお宿は、津波で1回部分が完全に破壊され、1週間前にその改修がようやく完成した、海沿いのお宿「ホテル近江屋」さん。
完成を祝ってお花がたくさん届けられていました。
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・・・ちょっとお酒が入りすぎてテンションの高い私たちのお部屋にフロントからお電話が・・・。
「お隣のお客様から静かにしてほしいと言われましたので・・・」
あ"あ"あ"~~~ギャルならまだしもこんなおばさんになってそんな醜態~~。
お隣の方、ホントにすみませんでした・・・。


5月4日【2日目】

なかなか来れないから、今日は宮古をがっつり観光!
というわけで浄土ヶ浜へ。

出発前、ホテルのフロントの方に被災後の写真などを見せていただき、お話を伺いました。
海側に貯木場があり、そこの木が突き刺さって筆箱のようだったと言います。
このホテルの山側には公共の施設などがありますが、ホテルが津波の直撃を防いだために残った建物もあったそうです。
写真は部屋の窓から。
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ここまでのご努力、本当にお疲れ様でした。
益々ご発展なさいますよう・・・。

浄土ヶ浜は、2年前に仮設住宅にボランティアに来た思い出もあります。

昨年の夏休みに訪れた時すごく混んで駐車場に入れなかった経験があったので、
お酒がすこ~し??残っているけど頑張って早起きして、朝一番の観光遊覧船に乗りました。
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乗船前にスタッフさんにお声をかけたら親切に津波が来た時の対応や、津波の様子などを教えてくれました。
幸い、お客さんを下ろした後で、地震から7分後には船長の判断で船を沖に逃がして津波を免れ、その後2昼夜を船で過ごしたとのこと。
(食料はカップラーメン1個を分けて食べ、あとはうみねこパン(後述)だったとか・・・)

全部で3隻あった遊覧船のうち2隻は造船所で修繕中で、そちらは被災して使えなくなってしまったそうですが、
船長の判断の速さで損壊を免れた一隻で、かなり早い時点から営業を再開していました。
今も続いているであろうご苦労に敬意を表し、楽しく観光ができることに感謝して、明るいガイドさんの案内を聞きながら、三陸の海の造形美を堪能しました。

こちらがオプション?のうみねこパン、100円。
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家族連れは景色よりもこちらで盛り上ってました。
観光に一役買ううみねこ君たち、炭水化物ばかりそんなに食べていいのかとも思うが、エライゾ!

さて、浄土ヶ浜ではもう一つ、小さな「サッパ舟」で「青の洞窟」探検という企画も行っています。
あの、吉永小百合さんも体験し、観光ポスターになってるらしい。
ちょっと肌寒くてリタイアしかけた私を友人たちが強引に引きとめ、乗船。

結果、行って良かった~~~(^^)
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船頭のおじさんのアバウトな解説にもハマっちゃった私たち。
おじさんありがとう。

このツアーにはもれなくかっぱエビせんがついてきます。
すると、こんな感じ。
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やっぱりエライゾ、うみねこ。

大満足で船を降り、名所「浄土ヶ浜」へ。
山頂ではありませんが、アレをやりたい欲求にかられ・・・
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人文字。
「JYUD」。
皆さんご協力感謝。
(誰も気付いてなかったけど、後日別の友人から「Jじゃなくてしになってる。」とご指摘!ホントだ!)

次は、海沿いの、大きな道の駅だった「道の駅なあど」へ。
今は隣りに仮設で営業中。
徐々に商品も充実してきているようです。
何やらかわいいTシャツを皆、衝動買い。

ここからは気仙沼大島へ渡るフェリーに間に合うように少し急ぎ足で、
気になるところに寄りつつ45号線沿いに南下します。
海沿いの町はどこも壊滅状態で、今もご苦労されている方々を思うと心が痛みますが、
そこから出発している方々の力強さもぜひ応援したい。

まずは山田町。
町には、仮設のお店がたくさんできていました。
ちょうどお昼時だったので、震災前から地元の人に人気だったといううどんやさん(本業はおせんべいやさん)へ。
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私はつけ汁にめかぶの入った釜揚げうどんをいただきました。
二日酔いの胃に、とても、とても、美味しかった(^^)v
のりのたっぷり乗ったうどんも美味しそうでした。

山田町には「カキ小屋」もあって、行きたかったのですが満員御礼で入れませんでした。
賑わってるぞ~~三陸!

次は大槌町へ。
ここでは、応援のために立ち上げられたパン屋さんに入りました。
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自慢のコッペパンに好きなトッピングができます。
たくわんパン、美味しかった!

食べてばっかな私たち(^_^;)
次に立ち寄った釜石では食をぐっと我慢して・・・、なんと、ここでも知人たちはTシャツを購入。
ホヤのイラストが何とも、かなりカワイイ・・・♪
被災から2年、「ついつい買いたくなる」ものが充実してきました。
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釜石は、先日観た映画「遺体」の取材地。
場面が頭をよぎります。
今ではずいぶん生気を取り戻した町。
桜まつりなども行われていました。

次は、昨年の夏はまだ全く開通していなかった三陸鉄道南リアス線の、この4月から運行を始めた区間の最終駅「吉浜駅」へ。
アイデアが勝負の三陸鉄道!
吉浜駅も派手目にリニューアルされていました(^_^;)
全線開通は26年。頑張れ~~~!!
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どんどん南下します。

次は、同行の知人が以前ボランティアで片付けに来たという越喜来小学校を目指しました。
行ってみると、校舎は撤去され、もうそこには何もありませんでした。
ペインティングされた建物が目を引き行ってみると、地元の子どもたちが作った伝承館でした。
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何もなくなってしまった景色の中に、何かを放つように、ポツンと、在りました。
地元のお母さんが来てくれて、被災の様子を語ってくれました。
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前に進む。でも、忘れない。

さて、この旅で、私の秘かなもう一つの目的は「BRT」に乗ること。
BRTは、壊滅状態のJR大船渡線と気仙沼線に代わる輸送手段として整備が進められたバス専用道路です。
本当は、もう一度電車が走ってほしい、という思いも大きいけれど、どうやらその見通しはしばらくは無さそうです。
時間が無くて乗れませんでしたが、まずは盛駅の様子を見に行きました。

改札は自由に通れたのでホームへ。
おお~~~こんな風なんだ~~~
まるで電車のようなバスです。
ホームの向こう側は、三陸鉄道の乗り場。
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ホームの先には専用道路が続いています。
三陸鉄道も待機しています。
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ああ、駅が、息を吹き返した・・・。

昨年の夏に訪れた時も、駅舎を使ってお店をやっていたり、大事にされていた盛駅。
乗り物が動いて、乗客がいる光景が戻ったことをとても嬉しく思いました。

盛駅付近は津波の影響を受けませんでしたが、大船渡駅付近は壊滅的で、昨年の夏に訪れた時は「何も無い」という状態でした。
(2012年、8月の写真)
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そこに、駅がありました。
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ちょうど、先ほど盛駅で見たバスが到着。
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ここからは、まだ専用軌道ができていないので、一般道路に出て行きます。
踏切があるんだ・・・。
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ついでに、翌日訪れた気仙沼駅の気仙沼線のBRT。
ホヤボーヤがカワイイ。
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地元の願いは、鉄道の完全復旧。
その日が来ることを願う者にとっては仮のものだけど、この一歩も、きっと前進につながると思わせてくれる姿でした。

さて、今回のメインテーマ、大島へ渡るフェリーの時間が迫ってきました。
少しずつ変化していく陸前高田を抜け、気仙沼へ向かいました。

三陸の旅 その2

ギリギリ間に合って、大島行きのフェリーに乗船。
来るたびに、港に少しずつ大きな建物が増えていくのがわかります。
かさ上げの工事も進んでいるようです。

その過程が容易で無かったことは、東京でテレビなどで見ていました。
本当に、一歩ずつ一歩ずつ確実に前進している。
でも、もう3年目に入るけれど、まだまだ生活は取り戻されていない様子です。

大島、明海荘では、ご主人の敬士さんと女将さんのかよさんが、いつもの笑顔で迎えてくれました(^o^)
お二人から聞く、地元の方々の生の声が、いつも私の次の行動を導いてくれます。

今回の旅のメインテーマについては、こちら参照。
http://blog.livedoor.jp/omoyose/archives/26572817.html

さて、そろそろ次の東北行きの予定を立てますか・・・。

「小屋においでよ!」

1月に
書き初めをしました。
南紀白浜に行きました。
気仙沼大島に行きました。
2月に
三浦に行きました。
水戸に行きました。
ばあちゃん(100歳じゃない方の)とお別れをしました。
3月に
映画「遺体」を観ました。
4月にジェイズクレイズを聴きました。

は、いつか書こう。
相変わらずのA型ぶりで、これらを書かないと次に進めない気がしてるけど、
いや、次を書こう。

最近毎日見ている糸井重里さんのサイト「ほぼ日」で、
「何かやりたくなる」と紹介されていたので行ってみました。

建築家、中村好文さんの「小屋においでよ!」。
http://www.toto.co.jp/gallerma/ex130417/

たぶん、こういうの、みんな、好き。

そういうのを、ずっと、やってるの、いいな。

自分の感覚を注意深く確かめながら、ていねいに。

静かに呼吸をするように、生活を創る。

いいなあ~~~。

100歳

ばあちゃんが、100歳に!

総理大臣から賞状が届いたり、町長さんから表彰されたり、新聞に載ったり!!
物忘れは激しいけど、ユーモアと思いやりの心に溢れたばあちゃん。
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私もあんなふうになりたいな。

今年のお正月

お正月の帰省、今年の年越し家族旅行は、山形の肘折温泉へ。

大寒波による大雪。
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さらに、新道開通の当日だったため、セレモニーの間足止め(^_^;)
でもこの新道、地すべり災害による長期間の迂回を解消する、
地元にとっては本当におめでたい日だったらしい。
晦日ギリギリまで工事を頑張ってた皆さまには、本当にお疲れ様だなあ・・・。

肘折温泉、とても情緒ある温泉街でした。
お湯もすっきりしていて好みの泉質。
若旦那たちの創意工夫による観光客誘致策もなかなかこじゃれていて好印象。
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翌朝、共同浴場と、温泉神社へ。
前夜は大雪で道が埋もれていてとても行けそうになかったけど、
朝から子どもたちも総出で道作りをしてくれたそうで。
こちらもとても味のあるところでした。

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震災ボラvol.13

11月に続き、同じ友人2人とDSPの活動に参加しました。
今回は、南三陸の海沿いのキャンプ場、「神割崎キャンプ場」へ。

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とてもロケーションの良い場所でした。
すでに営業を始めているこのキャンプ場は高台にありますが、下りていって海水浴を楽しむことの出来る浜はまだ瓦礫と石が積もっている状態。
ここにまた、たくさんの観光客や海水浴客に来てもらいたい。
さらに、海岸を片付ける中で行方不明者の手がかりが出てくることを祈る。

そのために片づけを行う動でした。

私たちが行ったときは手がかりになるようなものはみつかりませんでしたが、
年明けの200人動員の大捜索では、手がかりらしきものをみつけることができたそうです。

まだ2000人以上の数に上る行方不明者・・・。
その方々に縁のある計り知れない数の方々・・・。
骨一つでも見つけてほしい、そんな思いを、DSPさんは受け止め続けています。

また、参加しに行こうと思います。

ボラセンに行く途中、志津川に寄りました。
志津川の海沿いは、地盤沈下による浸水のため午後は立ち入りできない状態ですが、
午前中だったので行くことができました。
何かがそこらじゅうに立っている。
なんだろう???

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それは、かつてそこにあったお店の方々の決意のオブジェでした。

今は何も無いように見えるところに、かつてはたくさんの人の生活があった。
そして、今、この何も無い状況の中で、夢を掲げている。

南三陸のボラセン近くにあるアリーナには、地元の少年とお母さんの言葉が展示されていました。
一部を戴いてきました。
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忘れるにはまだまだ早い。


ピアノリサイタル

年末、学生時代の恩師のピアノリサイタルへ出かけました。
ここ数年、この先生のドビュッシーを紀尾井ホールで聴くのがとても楽しみになっています。
ツヤツヤした転がるような音でうっとりさせてくれます。
紀尾井ホールのこじんまりした質感がこのうっとり感を高めてくれるのかなあ。
昨年はドビュッシー生誕150周年ということで、この日の演目もがっつりドビュッシー~~♪
音楽は好きなものの、どこかに出かけて聴くということはあまりできてないんですが、
やはり生はよい。
ご縁のお陰で至福のひととき。
ありがたや・・・。
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震災ボラ vol.10(2)

ボランティアセンターでは、地元からのニーズに、訪れたボランティアを配置するのに「マッチング」ということをします。
各地のボラセンでやり方はいろいろなようですが、南相馬はボランティアが自分で手を挙げて参加する活動を決めるというやり方でした。

この日のニーズは4件。
私が参加したのは「納屋の2階のゴミ出し」という、ちょっと聞くと津波や震災と何か関係があるのか分からないような内容でした。

何度もこのボラセンで活動している心強い方々と6人で、そのお宅を目指しました。
警戒区域ということで、この4月までの立ち入り禁止からようやく自由に出入りできるようになったものの、居住が許されていない地域です。
途中、海が近づくと、国道沿いの畑や家屋には、津波の爪あとがそのまま残っていました。
他の地域で進んでいる片づけが、明らかに遅れていました。

到着すると、家主の奥さんが待っててくださいました。
家の前からは、遠くに、防波堤に波が打ち付けるのが見えます。
「こんなに見晴らしのいい家じゃなかったんだけど、海沿いの集落がみんな流されて・・・」

避難場所が遠いため、ボラセンに頼んだこの日に合わせて久々に戻った自宅だそうです。
早速納屋の2階に上がりました。

大きなお家で、納屋には人がたくさん集まった時に使う食器がたくさんしまわれていました。
真新しいものもありました。
箪笥には大事にしまわれてきた着物が入っていました。

それらを、ゴミ袋に入れて、全部捨てる。
そういう作業でした。

奥様と、親戚のおばあちゃまと一緒に作業しました。
「もったいないねえ」
「これ、使えるかねえ、でも・・・」

結局、ほとんど全てをゴミ袋に入れました。
これまでの活動で、土の中から出てきた生活用品に心を痛めてきたのとはまた違う感情が沸きあがり、
食器をゴミ袋に入れるたびに、涙が出そうになりました。

「この辺は線量がそれほど高くないから、持って行って貰ってもいいんだよ」
と言ってくださいますが、あまりの量に、私たちにはどうしようもないことです。
壊れてない、使える、新しい、なのになんで、捨てなくちゃいけないんだろう。
どうしてこんなことに・・・。

震災後、1年間自宅に戻れなかったこと、今後の見通しがまだ立てられないことで、この大きなお家の未来は大きく変わってしまいました。
結果、とりあえず全て捨てる、という選択をせざるを得なくなりました。
納屋の前には建設途中の新築の家。
老後に向けて、夢を持って穏やかに豊かに生活していた震災前が伺えます。

納屋の片づけが早く終わったので、台所の片付けもお手伝いすることになりました。
「本当に汚くて、お願いするの申し訳ないから少しずつ自分でやろうと思ってたんだけど・・・」

避難指示により、突然、帰れなくなってしまった我が家。
洗い物も何も全てそのままです。
津波の被害は少なかったけれど、1年後に、ようやく帰れた我が家はねずみや虫などで荒れ放題で、とてもショックを受けたそうです。
まだ宿泊は許されておらず、避難している場所から遠いためなかなか片付けが進まず、
2年を前にして、時はまだ、震災直後から止まっているようでした。

納屋同様、台所のものも全部捨てました。
新しいものも古いものも、思い出のあるものも全て。
台所からは、何にも無くなりました。
震災直前の生活を、ゴミ袋に入れてしまったみたいで、やりきれないけど、でも、そういうことの積み重ねが現実だと思い知らされました。
「思い出も何も、どうしようもないね~」と奥様が淋しそうにつぶやいていました。

すぐに復興に着手できていれば、全く違ったであろう、
空白の1年で、取り返しがつかなくなってしまった原発エリアの方々の生活。
そして、先の見えないままその不安と過酷な生活は続いています。

でも、明るい方でした。
前へ前へ、進もうとしていらっしゃいました。
どうかどうか、お体をお大事にして…。
ずっと応援していますから…。

ボラセンに戻りました。
この日、隣りの保健センターでは、妊婦さんへの講座が開かれていました。
どんなにか心配なことか。
無事、喜びの日を迎えられることを心からお祈りします。

福島人権宣言
http://home.v05.itscom.net/ans-law/nomuralaw/ren_quan_xuan_yan.html

このひどい現実を知って、それでも原発、とはどうしても言えない。
複雑なことはいろいろあると思うけど、
原発は、もう、やっぱり、ダメなものなんだと思う。

震災ボラ vol.10(1)

震災以来、どう考えたらいいのか、答えを出せず、ずっと動けずにいたことがありました。
放射能による避難区域や、除染活動のボランティアについてです。

住んでいる方々がいて、人手が足りない。
何人もの友人が、かなり早い時期からお手伝いに行っていました。

住んでいる方々も、放射能の影響がどんな未来をもたらすのか分からないことに、大きな不安を抱えながら生活している。
インターネットで読んだ、今すぐ避難したいのに事情で避難できない家族の思いなどは、精神に混乱をきたす一歩手前といってもいい深刻なものでした。

そこへ、出向く。
住み続けることを支援すべきなのだろうか。
安心な場所へできるだけ混乱少なく避難できるようにするべきなんじゃないか。
でも、それがなかなか進んでいない現状。
住み慣れた場所を離れることを選ばないからと言って、人手の足りない場所をそのままほっておけない。
でも、どの命も、これ以上健康と安全を脅かされないでほしい。
放射能の心配の無い場所からわざわざそこへ出向くことは、住んでいる人の危惧を本当に共有していると言えるのだろうか。

悶々悶々悶々悶々・・・・・・・・

放射能の影響に関しては、人によって不安の感じ方が違い、私はたぶん慎重派なほうです。
人間が作った怪物が、大地を汚してしまった。
私のように感じる人を、過敏、と思う人も多いし、でも、私よりもっと過敏な人もいる。

1年半悶々として、行くことにしてみました。
線量は、高いとはいえ一定レベルになっている。
短い滞在で、できるだけのことをする。
自分が、この震災の負の部分を増やすことの無いよう自分の健康に充分注意する。
と、自分にギリギリの折り合いをつけて。

何度も行っている友人と一緒に行けたらと思ったのですが他の用事などで都合がつかず、
他に誘うにはまだ自分の中で答えが出ないままの部分が多すぎるので、
1人で南相馬の社協のボラセンの活動に参加しました。

二本松ICから鹿島のボラセンまでの道のりは、紅葉もピークでまさに「うつくしま福島」。
このコピーを考えた人はすごい。
ついつい「おお、うつくしま!」ってつぶやいてしまう。
福島は、綺麗です・・・。

震災ボラ vol.9

被災地に、何かできることを。

は、残念ながらまだまだ続ける必要がある。
自分の出来ることのあまりの小ささに無力感でいっぱいだけど、
小さな力をみんなで出し合って、続ける必要がまだまだあります。

ここしばらく、大島での活動が中心だったけど、
久しぶりに、団体が行っている活動に参加しました。

きっかけは、フェイスブックで「大川小学校付近の遺体捜索」のため、100人規模のボランティアを募集する、という記事を見たことでした。
「雪が降る前に。2年目を迎える前に。」の言葉が遺族の方の思いとして切実に響きました。

遺体捜索。
何人もの友人に、「もしホントに見つけたら、耐えられる?」と問われました。
でも、これまで行ってきた瓦礫撤去のどの現場でも、「もしかしたら」の気持ちはあって、
「できることなら待ってる人のところへ帰れますように」と、心の準備はしていたつもりでした。
自分が片付けている足元のヘドロが50センチ以上だったりすると、
足の下にみつかるのを待ってる人がいるのかもしれない、と、落着かない気分でした。
いつも、亡くなった方のことをどうしても考えてしまっていました。

参加したボランティア団体、「DSP」は、ダイバーの方々が水中での捜索を中心に行ってきた団体です。
もう捜索が終わったあとの海に潜り、何体もの遺体を引き上げてきたそうです。
それは、本当に苦しい活動だけど、
遺族の方のもとにご遺体を帰すことの意味は計り知れないものがある。

まだ親族が見つからないご家族に、
「あそこに潜ってもらえませんか」と頼まれたことがあるそうです。
言われた場所に潜ったけれど、何もみつからなかった。
でも、その日から「夢に出てこなくなりました」と言われたそうです。

多くのものを無くして、でも生きて頑張っている方々が前に進むために、
これもきっと、まだまだ終えてはいけない活動なのだと思います。

実際には、ボラに行った日は募集されていた活動は行いませんでした。
いろいろ事情があって、DSPさんは今、南三陸の海岸沿いの仮設のニーズをローラー的に拾って活動しています。
ボランティアセンターでは、ニーズが無いのでボランティアの受け入れを縮小しているところが増えてきているようですが、
ていねいに聞いていくと、まだまだ切実なニーズがたくさんあります。

この日も、南三陸の仮設住宅の方からの要望を受けて、畑の片づけを行いました。
片付けたからと言ってすぐに元のようにそこで仕事ができるわけではないけれど、
瓦礫もそのままで草ボウボウだった自分の畑が見違えるようにきれいになることで、
次の一歩の力に少しでもなれたらと願います。

DSPさんは、東北道築館ICのすぐ近くに拠点があって、2000円で宿泊可能。
現地まではバスで送迎してくれます。
代表の門間さん始めスタッフの方々はもちろん、常連のボランティアさん達がとてもよくしてくださって、
1日だけでしたがお陰様でスムースに活動させていただきました。

同行のEさん、Sさん、お疲れでした。
引き続き参りましょう。

いちごの葉っぱ取り

超久しぶりになってしまった、畑のお手伝い。
この日はハウスでイチゴの葉っぱ取りをしました。
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ハウスのイチゴはとってもデリケート。
新しい葉っぱが出てきたら、下のほうの古い葉っぱは取り除かないと、
風通しが悪くなって病気の元になります。

トリミング前
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トリミング後
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手間隙かけた、ご主人のハウスの地元産イチゴは、直売所でも大人気!!
もうしばらくすると出荷が始まります。
楽しみ♪

美味しいイチゴはスーパーにもたくさん売ってるけど、
私が歩いている土と、私が吸っている空気と同じもので育った食べ物を食べることには、他には代えられない価値がある。
「お取り寄せ」でこれもまた大事に心をこめて作られたであろう高級品を食べるのもたまにはいいけど、
畑に来ると、地元の物を食べる、ということがどんなにステキなことかと嬉しくなるのです。

10月半ば現在のラインナップ一部。
トマト
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ピーマン
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ダイコン
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ネギ
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キュウリ
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キャベツ
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ブロッコリー
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植樹

自分の職場のイベントに、参加費を払って参加する私。
イベント準備に何日も費やしてがっつり働いてその上・・・。
ケナゲ?

とはいえ、楽しい一日でした。
いつもは裏方だから、あんまり植えられないんだけど、何も気を回すことなく純粋に植樹を楽しめた。
うん、行って良かった。

イベントは「東京マラソンの森」とネーミングされた八王子のフィールドで行われました。
人気の東京マラソンに「チャリティランナー」枠という、使途を指定した10万円の寄付した方々の枠ができ、
森づくりを選んだ方々の寄付によって、手入れの遅れている東京の人工林の更新を行うというもの。

「森」ってメルヘンなイメージだけど、実際には世知辛い事情をたくさん抱えています。
事情はともかく、荒れた森が増えている現状は何とかせねばなのです。

写真は一緒に参加した、またも森の妖怪と化したFどん。
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作業の後、森のガイドさんのお話を聞きながら尾根をゆっくり歩きました。
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ただうっそうと木が生えているように見える場所にも、実は人間の営みとの長い歴史あり。
人は昔から木の恩恵を受けて発展してきたけど、今ではあまりそれを感じられない。
木と森と日常生活の中でもっと仲良くできたらいいんだけど、なかなか難しい時代あります。

気仙沼大島 3回目

「まだボランティア、必要なの?」
どうやら、多くの人がそう思っているらしい今日この頃・・・。

行ってみたら、きっと、びっくりするよ・・・。
まだまだだよ・・・。

ボランティアが必要なのか、もっと違う何かなのか、自分の中にも確かに混沌としたものはある。
でも、まだまだ、というのは動かしがたい事実。
足を運んで、確かめなければ・・・。

気仙沼大島での、「子どもたちと家族にほっとできる場を」の3回目が終わりました。
行って良かった、と思える活動になりました。
自己満足なのか、
でも、自己満足で終わらせてはいけない、
大変な境遇にいる方々の心に、
何かほんの一瞬の「ポッ」としたものだけだったとしても、
良いものを届けて帰らなければいけない、
そう思って、計画を練りました。

今、何が必要なんだろう。
今、何ができるんだろう。

苦しくなります。

でも、子どもたちの笑顔・・・。
やっぱりすばらしいです。
大変な中で、
この笑顔を一生懸命守っているお母さんたちを、応援したいです。
子どもたちが育つ地域生活を、応援したいです。

活動の詳細は、こちらのブログから・・・。

http://blog.livedoor.jp/omoyose/archives/18494432.html
(行く前の告知文)

http://blog.livedoor.jp/omoyose/archives/18871962.html
(活動終了後の、概要)

http://blog.livedoor.jp/omoyose/archives/18933091.html
(イベント前のクッキー作り)

http://blog.livedoor.jp/omoyose/archives/19639077.html
(クッキー飾りつけイベント当日)