黒斑山(今度こそ)

黒斑山に、行きました。
黒斑山に行き損ねてヒドイ目に会ったのは7月のこと。
何としてでもリベンジ!!

Hちゃんが一緒に行けなかったけど、山に行きたいお友だち数名が増えて、
6人で、
今度はちゃんと上信越道の分岐も見落とさずに、黒斑山登山口に到着しました。
ここまで来れただけで、前回のリベンジ組み3人は8割がた満足??

黒斑山は、浅間山の真向かいにあり、複雑な火山の地形の一端に位置します。
稀に見る希少な絶景!の山!!!

・・・のはずだったんだけど、登山中は雨雲とずっと仲良しで、景色はほとんど楽しめませんでした。

でも、
この山、とってもステキなお山です。
登り始めは童話に出てきそうな森の空間を静かに歩きます。
(あれ?その手の写真が全然無いや。)
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浅間山の噴火に備えたシェルターなんかもあって。
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さらに進むと、激しい絶壁が姿を現し。
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そして頂上!
ああ~~~浅間山とその周辺の奇怪な景色、見たかったな~~~。
ホントは浅間をバックに、なんだけど、残念ながらキリをバックにKRF!!
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(団体様がこの場所での撮影をお待ちでしたので、完成度低いですが(^_^;))

という訳で、最リベンジを誓って下山したのでした。
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北横岳

8月。
暑い!
ので、ロープウェイに乗って北横岳に行きました。
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ピラタスロープウェイは、いつの間にか北八ヶ岳ロープウェイって名前になってました

何年か前に行ったのは5月で、北横のヒュッテで師匠T氏に出会い、初めて雪の上にテントを張ってみるという挑戦をした、思い出のお山。

さらに、この春には、Mさんプロデュースでこのロープウェイ拠点のスノーシューデビューをさせてもらった、これまた楽しい思い出のお山。

思い入れはいろいろありますが、
今回は、避暑が最大の目的であり、
タバコをやめてから肺の調子がよくなったばかりの相方が同行なので、
北横岳ピストン。

朝早く家を出て、
あっという間に頂上で、
あっという間に帰ってきたけど、
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こういうお手軽登山、スキだわ~~~~。

大源太山

山には、楽をしようと思って行ってはいけません・・・。

山に行きたいけど、暑いし、疲れてるから、
①そこそこの標高まで乗り物で行けて涼しくて
②歩行時間が短めで
③移動時間も短め
な山を探して、ちょっと遠めだけど車で標高2000mまで上がれる「黒斑山」に行くことにしました。

「あら??」と気付いた時には、上信越道の分岐を素通りしちゃってた私たち。
「え??え??え??????」

予定はあえなく崩れました。
SAに入り、作戦建て直し。

何だか混乱していたのか、気付いたら
①山頂ですら1500mしかない
②歩行時間は地図によるとそれほど長くないはず
③関越道よりさらに北上・・・。
という、当初の予定とは全然違う山を目指すことになっていました。

その名も「上越のマッターホルン 大源太山」。
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ガイドブックに載っている山頂からの眺望よし!
高速を下りてからの行く道に「大源太キャニオン」とか楽しげなところあり!
見えてきた山の姿がカッコいい!

道間違っちゃったけど、徐々にテンションが上がってきた~~~。
行くぞ~~マッターホルン~~~~!!

駐車場到着!
出発!と思ったら、コンビニでトイレに行ってくるのを忘れたことに気付く。
山でその辺でトイレ、ができない私には、最大の不覚・・・。
山道に入ってからよりはこの駐車場付近の方がいいだろうと、
同行者が見つけたポイントに入って、しぶしぶ用を足し、
さて出発・・・・・・・できず・・・・。

なんと、踏んでしまいました。
人の・・・。
たぶんど真ん中を思い切り・・・。
神様どうして~~~

更に酷いことに、まだ踏んだことに気付かない時地面に置いたリュックの横を歩いたらしく、靴からはみ出したブツがリュックにも・・・。
Oh~!ノォ~~~ゥッッ!!

「途中に沢がある!そこで徹底的に洗おう!」
という友人たちの言葉に励まされ、献身的な拭き取り作業協力により、何とか出発・・・。

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待ち望んだ沢で、私が靴底を一心不乱に洗っている間に、リュックはこんなことになってました・・・。

砂利でゴシゴシ・・・。

乾くまでの間荷物を持ってくれたのも合わせて、みんな、ホントにありがとう(>_<)









さて、この日は水量が多かったらしく、
「どうやって渡るの??」と沢渡りなども楽しみながら「いいところじゃ~ん」と進んでいました。
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最初は急登もなんのその!
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しかし・・・この登りが・・・全然終わらない・・・。
さらに、沢を離れると、真夏の暑さがもろに襲ってくる・・・。

つ・・・つらい・・・。










それでも湯沢方面の景色がバ~~~ンと見えたときには「ウッヒョ~」と喜びの声を上げることができました。
この景色が人気で、何度も足を運ぶ人も多いそうです。

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がしかし、時は真夏。
この景色が見えてから先、そんなに標高が高くないのに森林限界を超えると、さえぎるものの無い太陽が私たちをさらに襲い・・・。

暑いよ・・・
つらいよ・・・
苦しいよ・・・
帰りたいよ・・・
ほら、絶景だよ・・・
がんばれ、私たち・・・。


ようやく山頂に到着。
一応嬉しい。
人文字?全く脳裏に浮かびませんでした・・・。
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で、下ります。
やはりなかなか着きません。
何の修行なんだ、これ・・・。

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ようやく沢へ。
放心状態の私たち・・・。










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と思いきや、1人盛り上ってるのがいました。


妖怪、「逆さ滝流れ」。










高速より眺めるマッターホルンはかっこよかった。
でもきっと、二度とあの懐に抱かれることはないでしょう。
強い心をありがとう、さようなら、大源太山。



歌謡コンサート

話が前後してしまったけれど。
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前に勤めていた「NPO法人在宅福祉サービスウイズ」さん。
今は、時々お手伝いに行っています。

「高齢になっても、障害があっても、地域で当たり前の生活を」がウイズのモットー。
普通のことを言っているようですが、これ、実は一生懸命言わないとまだまだ実現が難しいことが多いのです。

ウイズがもう10年以上も続けている、重い知的障害のある方々も参加できる場づくり「サロン活動」は、月1回、毎回20人近いボランティアスタッフの協力で、楽しい時間を共有しています。

6月のサロン活動の「実行委員」(活動の企画と当日の運営を担当するボラ)を仰せつかり、
一昨年も行った「歌謡コンサート」を企画しました。

当日の様子はウイズさんのホームページでどうぞ。
http://www.npowith.or.jp/event/pg/view.cgi?id=1337585343

利用者さんもスタッフも、みんな個性的でステキ。
楽しい時間をありがとう(^^♪
ウイズさん、またお世話になりますm(__)m

行くぜ!ヘトヘト東北観光旅 (3~4日目 大船渡~陸前高田動く七夕祭り)

2日目、ヘトヘトでたどり着いた碁石海岸の民宿は、荒波が打ち付ける断崖絶壁のすぐ上のお部屋で絶景。
旅の興奮からか、ヘトヘトなのに夜中に波の音で何度か目が覚めました。

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碁石海岸は2000年に家族旅行で訪れています。
その時、海岸のすぐ前の喫茶店に立ち寄りました。
左はそのときの写真。
海の前のこの店のことが気になっていました。



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今回訪れると、そこには何もなく、やはり・・・?
・・・と、小さな看板が立っていました。
場所を変えて営業している!!
よかった(>_<)
次回はぜひ、そちらのお店を訪れたいと思います。



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こちらはこの穴の下を観光船が通るという、テレビなどでお馴染みの景勝地「穴通磯」。
いいところだなあ・・・。





大船渡へ戻りました。
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海沿いの大船渡駅周辺は、津波による壊滅的な被害を受けました。
大船渡駅跡。
何もありません・・・。





JRは、もともと赤字路線だった大船渡線 気仙沼~盛間、気仙沼線 気仙沼~柳津間に、再び鉄道は引かず、「バス専用道路」を作る計画で、一部は既に開通。
鉄道を熱望していた地域も、最近になってその案を受け入れる方向だと聞きました。

変わってしまった自分の街。
新たな方向をどんな形で納得していくのか。
身の回りの全てのことが、苦渋の決断の積み重ねで進んでいる。

ここにあったはずの一軒一軒の建物と、その中で営まれていた当たり前の生活、
その方々が震災後1年半積み上げてきた生活と思い。
何も無い駅跡を前に、ぼんやりと想像し、しばらくホーム跡に立っていました。


大船渡も少しずつ進んでいます。
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この日は朝早くてやってませんでしたが、活気のある復興商店街。









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海には、養殖のいかだがびっしりと浮かぶようになりました。
まるで宝石のようです。
海と共存することを選ぶ、その奥深さに心を打たれます。




で、くどいようですが「観光」が目的の今回の旅。
観光マップで気になった「気仙大工左官伝承館」に立ち寄りました。

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写真の建物は、廃れつつある技術を残すため、わざわざ新築したものです。
長くなるので詳しくは語りませんが、寄って良かった。
ここもぜひ立ち寄ってほしいスポットです。





さて、今回の旅の「三陸鉄道」に並ぶもう一つの大きな目的が、「陸前高田動く七夕祭り」の鑑賞。
ようやく陸前高田入りした私たちはすでにヘトヘト・・・。

しかし、市内に入ると、気持ちが引き締まりました。

陸前高田を訪れるのは、震災後5度目になります。
最初の衝撃を忘れることはできませんが、その後も何度訪れても、
この地の痛みは胸を突き上げます。

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陸前高田駅跡。
何も無いこの場所を、「陸前高田駅」とカーナビが表示していました。
ここに確かにあった何気ない生活を、まるでカーナビが覚えているかのようでした。




心を持っていかれて、心身ともにぐったりしてしまった私たちは、
前夜祭開始までの時間少し休憩することにして、今日の宿「霊泉玉乃湯」へ。
爆睡・・・。

この間、動く七夕を継続して応援している友人3名は、屋台のテント建てやイベント準備、山車の支度など、フル回転で活動してたそうです。

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昨年から引き続き活動している彼らの強い思いが、私にも「動く七夕を見たい」と思わせてくれました。
ナノニ、ネテテ、ゴメン(^_^;)
会場には他にも全国からたくさんのボランティアさんが駆けつけ、お祭りを支えていました。


ざっと降った雨があがり、虹が出た夕刻、会場に来ました。
この動く七夕祭りは、七夕飾りで華やかに装い、賑やかなお囃子を乗せた山車を引いて、街を練り歩くものです。
http://www.rikuzentakata.tv/
明日7日の本祭を前に、前夜祭に何台かの山車が集結するというので、メイン会場で待ちました。


今年、メイン会場は、以前の高田の街の中心地に設定されました。
YouTubeでは、震災前の賑やかな高田の街と、その中を進む山車の記録を見ることが出来ます。
でも、私たちが山車を待った会場とその周りからは、街の賑わいは全く消えています。
立ち込める空気を吸うのが苦しいような、土地の気配。
でも、その空気をまといながら、お祭りに想いを込め、盛り上げようとする人たちのざわめき。

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そこへ、遠くから太鼓の音が響いてきました。






変わり果てた街を見るのが辛くて、震災以来戻ってこない人も多いと聞きました。
ここにいられない人たち。
ここにいる自分。
その隔たりは埋めることのできないほど大きなものだと、いたたまれなくなりながら、
ここで今年もお祭りが行われていることの尊さを肌で感じていました。


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山車の中の熱狂。

見事なお囃子が、山車を揺さぶるほどの勢いで演じられます。

七夕飾りの灯りと、お囃子の音は、空と海の向こう側にまで響いて、
きっと、見えない多くの魂も一緒に揺れてる・・・。





★★★★★★★★★★★★


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翌日、いよいよ本祭。
朝10時と夜7時の山車の総結集が見ものです。
山車は、12台のうち、9台が津波で流され、昨年は3台。
今年は9台に増えていました。



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かつての街の跡を練り歩く何台もの山車は、時々止まり、黙祷やお囃子を捧げ、再び進みます。
その傍らでは、休むことなくブルドーザーが動き、新たな街の土台作りをしていました。



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何をしてるわけでも無いのに疲れて休んでばかりいる私たち(^_^;)
その私たちの前に、こんなステキなカップルが訪れました。
お祭りを楽しみにしていたんだろうなあ。






お昼を過ぎたところで、友人に挨拶をして陸前高田を後にしました。
地元の方に寄り添って、ずっと思いを寄せ、支援を続けてきたこの友人たちの行動は、今も、被災地から離れて暮らす多くの人たちと陸前高田をつないでいます。
お疲れ様・・・まだまだ続くね・・・。

写真は、気仙大工左官伝承館の先の展望台と、玉乃湯の先の展望台から眺めた海岸線。
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さて、見事なお祭りを堪能させていただいた後は、
お決まりの観光コースへ突入。
そう、「平泉 中尊寺 金色堂」です。
画像が、お祭り中ブユに噛まれた足がパンパンに腫れてしまった私は、あまりの痛みに一歩も立ち止まることなく敷地内をズカズカと歩き、金色堂すら横目で見ながら10秒で通り過ぎ、
あっという間に新幹線に乗って自宅へ戻ったのでした。




平泉 中尊寺、いいところです。
ぜひ・・・・

説得力無し・・・。


行くぜ!ヘトヘト東北観光旅 (2日目 三陸鉄道駅めぐり)

宿泊した宮古ホテル沢田屋さんを出て、宮古駅へ。
この日はまずはレンタカーで、昨日は数分の滞在だった田野畑駅へ戻ります。

というのも、田野畑は以前家族旅行した思い出の地。
宿泊した羅賀荘の状況など、とても気になっていたからです。

同行の相方には今回の旅ににもう一つ大きな目的がありました。
三陸鉄道の切符を大量購入して復興の応援をすると共に、買った切符を知人へのお土産にして、三陸鉄道を知ってもらう、というものです。
無事、「宮古~田老」間の切符を25枚、日付の記載無しで購入できました。


田野畑へ向かう途中、島越駅を訪れました。

三陸鉄道の線路や駅は海沿いにあるものが少なく、そのため景観が楽しめる箇所は少ないのですが、
それが今回の震災での被害を少なくし、北リアス線は震災直後から住民の方の生活を支えることができたそうです。
(その様子はマンガ『さんてつ 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 震災の記録』(新潮社)』にも描かれています。読み応えあり!)

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北リアス線で唯一、海沿いにあった島越駅は、津波の直撃を受け全壊しました。






画像震災前は、瀟洒な駅舎が人気で、宮沢賢治の童話にちなんで「カルボナード島越」の愛称がつけられていました。

海を臨む小さな入り江は、きっとこじんまりと趣のある場所だったことでしょう。
今は、賢治の詩碑だけが残っていました。


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三陸鉄道は国の支援が決まり、全線復旧に向けて工事が行われています。
島越駅でも工事が始まっていました。







次に、田野畑駅へ。
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こちらも可愛らしい駅舎で、やはり賢治にちなんだ「カンパネルラ田野畑」の愛称があります。





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さらにここは、「鉄道ダンシ 田野畑ユウ」の勤務地(^_^;)。







田野畑駅は震災後の運休中も、住民のたまり場として店舗を開いたりして利用されていました。
三陸鉄道の駅には、そんな風に、地域の方々の生活の一部となっている駅が多くあります。


田野畑駅から海へ向かいます。
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2010年の年越しを過ごした羅賀荘は、震災で甚大な被害を受けました。



宿にいた方々は上階に避難し無事だったそうです。








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訪れてみると、私たちがその上で初日の出を見た立派な防波堤が、無残に破壊されています。
それを間近にした方々の恐怖はどんなに大きかったことでしょうか。





休日にもかかわらず、測量のお仕事をされている方がいました。
お話を伺うと、登記の変更のために、流されたり被災した住居跡の調査をしているとのことでした。
そういえばテレビで、その作業が膨大で人手が足りずなかなか進まないために、新しい生活を始められない被災者の方々のことを見た記憶があります。
休日返上のお仕事。本当にお疲れ様です・・・。


羅賀荘の前の入り江では、観光客向けに「サッパ舟」の体験が行われていました。
私たちは時間が無くて体験できませんでしたが、楽しそうでした。
北山崎や鵜の巣断崖などの景勝地もある田野畑村。
ぜひ訪れてみてほしいところです。


さて、今回の旅の目的は「観光」なので、一大観光地「龍泉洞」も訪れてみました。

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吉永小百合さんもJRのポスターで宣伝してますが、
ここ、ホントに凄いところです!
(写真が分かりにくいですが、確か吉永さんもこんなアングルだったのでは??)
観光客がたくさん来ていました。


外気温が35度を超えた日でしたが、中は10度・・・。
上着の持参をオススメします・・・。



45号線を南下して、いったん宮古まで戻ります。

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宮古の沿岸部の復旧もまだまだこれから。
でも、港の道の駅が、仮設で営業を再開していました。







次の目的地はこれも家族旅行の思い出の地「碁石海岸」。
本日のお宿「民宿 海楽荘」を目指せばいいだけだったのですが・・・。


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45号線沿いにある運休中の三陸鉄道の駅「唐丹(とうに)駅」をみつけて立ち寄ったことから、
その後、怒涛の駅めぐりの旅になってしまいました。




三陸鉄道の多くの駅は国道から離れた、小さな入り江の小さな集落の中にあります。
わかりにくく、探すのはナビ頼み。

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訪れてみると、どの駅も駅としての営業はしていないのに、住民の人たちに大事にされているのがよく分かりました。
手作り感満載のさんてつ通信。






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「吉浜(よしはま)駅」







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「三陸(さんりく)駅」






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「甫嶺(ほれい)駅」
被害を受けて工事中。






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「恋し浜(こいしはま)駅」

三陸鉄道随一(?)の観光名所駅!
この駅の名前が題名の演歌もあります。





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駅の待合室は、願い事を書いたほたての殻で埋め尽くされています。

そしてここは、田野畑ユウの同僚、「恋し浜レン」の勤務地でもあります。
またこの駅で働ける日が早く来るといいですね・・・。


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「綾里(りょうり)駅」

ここで日も傾き、心身ともにヘトヘトに・・・。

ここから先の駅は翌日訪れました。



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「陸前赤崎(りくぜんあかさき)駅」

訪れた南リアス線の駅の中では一番被害が大きかった駅でした。
解体工事が進められていました。
住民の方も、まさかここまで津波が来るとはもちろん思わないだろうという立地・・・。
近くには小学校が、津波の爪あとを残し、まだ手付かずのまま建っていました。


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「盛(さかり)駅」


南リアス線南下、最終駅で、大船渡の市街地にあります。
隣りはJR大船渡線の終着駅ですが、こちらは営業再開のめどは立っていません。

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駅舎には多くの人が出入りして、地域の人が立ち寄る場所になっているようでした。
復興支援のグッズなども売られていて、ついつい衝動買い・・・。
営業再開を心待ちにする生きた駅、という感じでした。


三陸鉄道は平成26年4月に全線営業再開の予定で頑張っています。
それは、大々的に建設の行われている「復興道路」とはまた違った、
小さな入り江の小さな駅一つ一つを利用する地域の方々一人ひとりの生活が見えるような、そんな前進に感じました。

行くぜ!ヘトヘト東北観光旅(1日目)

今年の夏の旅行は西へ向かうはずだったのですが、
三陸鉄道の応援と、陸前高田の動く七夕を観に、東北へ向かうことになりました。

画像行きは新幹線で八戸へ。
「行くぜ!東北」切符を使うと、エリア外でも通常より安く行けるという駅員さんの助言で買った切符ですが、
そういう切符を持ってるだけでホントに「行くぜ!!」って気分になるものですね(^_^;)



新幹線の八戸駅はとっても立派なんだけど、周りはちょびっとお店があるだけ。
タクシーで「本八戸」の市街地へ向かいます。
うん、なかなか賑わっている。

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ブラブラした後、いかにも地元の喫茶店風の喫茶店でお昼にすることに。
ところがそこ、とってもこだわりのお店で、
マスターが見込んだオーストラリアの豆を牛久のブルワリーで仕込んだ、
この店オリジナルの「コーヒーラガー」なるものを置いてました。


午後のおやつタイムに飲みたいビール・・・って感じかな。
思いのほか美味しかった♬

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三社祭の賑わいを見ながら駅へ戻る途中。
駅前はちょっと閑散としてレトロな感じなんですが、店という店になにやら緑の吹き出しがついてて、




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よく見ると、こんな感じ。
どうでもいい(?)お店の裏情報が満載。






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「だから?」と突っ込みを入れながら一日見てたい気分でしたが、電車の時間のため駅へ。








三陸鉄道久慈駅へは、八戸線で大きな海を見ながら向かいます。
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三陸鉄道久慈駅。
復興応援の観光ツアー客が大勢降りてきました。
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そもそも三陸鉄道は、国鉄の再編で廃止が決まったものを引き受け、ギリギリの営業を続けていました。
地元密着とユニークなアイデアで多くの人に愛されています。
ホームページを見ただけでもその工夫がぎっしり詰まっています。

ここでは、ゆるキャラよりも、
久慈ありす、釜石まな、田野畑ゆう、恋し浜レンの、アニメ系キャラが活躍しています(^_^;)。
http://www.sanrikutetsudou.com/


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三陸鉄道は北リアス線と南リアス線に別れていて、
現在、北リアス線は島越駅が全壊のためバスによる代替運行中。

左が通常の車両。
私たちが乗ったのはなぜかやたら豪華な作りの右側の車両でした。

田野畑駅で代替バスに乗り換え、小本駅へ。
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小本駅での待ち時間は1時間。
電車の来ない久慈方面に思いを馳せながら、ホームでゆっくり過ごしました。
折り返しの宮古行きに乗車。





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三陸鉄道宮古駅
震災以来、①ボラで、②家族で年越し旅行、で訪れ、今回3度目の来訪になります。




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ホテルにチェックインした後向かったのは「無礼講」さん。
昨年ボラに来た時に、いろいろお話を聞いて、美味しいものをたくさんご馳走になったお店です。
その様子はこちらに。
http://95097013.at.webry.info/201109/article_1.html
ご主人と女将さん、お元気でよかった!!!





お通しのカニ
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刺身の盛り合わせ。
ホヤは苦手な私ですが、天然の採れたては絶品でした。
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「前にも来てくれたんだって??」と笑顔のご主人がサービスしてくれたマグロステーキとうにご飯。
お父さん、美味しかったよ・・・。
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あまりに安いお会計だったので、サービス分を少し多めにお支払いした私たちに、女将さんから更にサービス・・・(^_^;)

ありがとう!また絶対来ます!!



宮古は、海沿いの復旧はやはり進んでいないといったほうがよい状況ですが、
海沿いで流されてしまったお店の人たちが駅周辺に移転して営業を始めるなどしているそうです。
電車でも車でも行きにくいところですが、本当によいところ。
機会があればぜひ多くの人に訪れてほしいです。
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気仙沼大島 2回目

気仙沼大島での活動第2回目は、「工作とピザ屋さん」を行いました。

活動の詳細は、一緒に行ったメンバーが書いてくれたこちらをぜひ!

①ペットボトルボーリング
http://blog.livedoor.jp/omoyose/archives/11411561.html

②ピザ屋さん
http://blog.livedoor.jp/omoyose/archives/11522043.html

③「木であそぼ」
http://blog.livedoor.jp/omoyose/archives/11755234.html

5月~7月は、第1回目に行った「書き初め」の東京での展示も行いました。
7月の、最終会場の品川宿での展示についてはこちらから。

http://blog.livedoor.jp/omoyose/archives/12617824.html

1年間、計4回は行くと決めて始めた大島での活動。
1年後はもう手が要らないかもしれない、と淡い期待もありましたが、
やはりまだまだです。
応援を続けます。
次回は10月6日~7日です。

玉ねぎ収穫2012

3年目になった玉ねぎの収穫!
昨年の11月に植えて、半年じっくり土の中で美味しさを蓄え、6月に地上の葉っぱがパタパタと倒れ始めたら、「食べ頃だよ~~♪」の収穫の合図です。

しかし、この時期はいつもお天気とのにらめっこ。
玉ねぎは収穫後、長く保存するため、収穫直後しっかり日に当たって乾いてしまってから袋詰めするのがベストです。
今回も、雨模様のため1日延期となり、15名以上の参加予定だったのが、9人でのお手伝いとなりました。
そのうち4人は畑のご主人にお世話になっている、羽村市の「援農ボランティア」の登録者。
5人が、遠路はるばる都心などから集まった友人たちでした。

まずは説明を聞きます。
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収穫作業開始。
ず~~~~っと先まで作業すべき緑のエリアが続いています(^_^;)
延々と、黙々と作業・・・。
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見事な玉ねぎでしょ(^o^)/
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かわいいチビガエル君が私たちがガサガサ収穫するのに驚いて、ピョンコピョンコ飛び回っていました。
そして、なぜか珍客、カメ君も・・・。
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全ての玉ねぎが太陽の下に顔を出しました\(^▽^)/
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今度はこれを袋に詰めていきます。
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そして、軽トラに運びます。
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お疲れ様でした~~~!!!
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作業の後は、お楽しみ、羽村中野農園のお野菜満載のお昼ご飯!
今回も奥様と、ボラのKさん、ありがとうございましたm(__)mm(__)m
この時期はトマトが美味い~~~
Kさんの技あり料理にもいつもうっとりです。
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作業を楽しみ、舌鼓を打ち、さらに、美味しいお土産をたくさんもらって、帰る私たち・・・。
感謝されるのが申し訳ないほどです。
中野さんいつもありがとうございます!
また11月、頑張ります!

笠取山

「夏に北アルプス」のお誘いを受け、練習開始をしたのはもう随分前の5月のこと。
前から行きたかった「笠取山」に、妹を誘っていきました。

遠くて行きにくいイメージがあったのですが、車で随分奥まで行くことができるので、ちょっとした日帰り登山にぴったり。
水源林のため、東京の山にありがちなスギばかりの暗い山道も少なく、沢や景観も楽しめる、とても楽しい山でした。
そしてこの山は東京の水の「最初の一滴」が生まれるところとしても知られています。
地元の方々がこの山を大切に守っている場面「水干祭り」にも遭遇し、笠取山をより身近に感じることが出来ました。

記憶力の乏しい私には5月の記憶はもうあやふや・・・。
この後は写真にて(^_^;)

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沢沿いの道を気持ちよく歩きます。















静かだった山に突然の賑わい。座って行って~と誘われ、飲み物とごちそうをいただき、水干の歌を聴きました。
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小屋を過ぎて少しすると、急に景色が開けます。
木が無い!?なぜ??
調べてないので分からずじまいですが、鹿の食害もあるようです。




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分水嶺の表示。
この山に落ちた水は、多摩川・荒川・富士川に分かれて流れ出るそうです。












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これもまたちょっと驚きの景観。
がっつり下って、がっつり登り。
見通し良すぎ・・・。














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頂上!!
1953m!
眺めよし!








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反対側に下山。
先ほどまでの開けた感じとは打って変わって、細くてアップダウンのある楽しい道に。














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あれ??頂上がもう一つ!?
今回は2人なので、2枚つなげて「K」a「S」aで勘弁してください。







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そしてこれが最初の一滴の聖地。
今は水を見ることはできないらしいですが。
















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新緑と山桜がさわやかな一日でした。






気仙沼大島で書き初め

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4月1日、気仙沼大島で、小学生の子どもたちを対象に書き初め大会をしました。
2m×2mの大きな紙に大きな筆で書く、パフォーマンス書道も用意しました。

お正月に家族旅行で行った気仙沼大島で、旅館「明海荘」の女将さんとたくさん話したことから少しずつ話が進み、15人のメンバーで実施しました。




実施に際して、ご寄付を募りました。
最初は、知人に少し助けてもらうだけのつもりでした。
でもその知人の「自分の仕事で手いっぱいでついつい気持ちがいかない被災地へ、このことがきっかけで思いを寄せるようになった」という言葉に、ああそうなんだと。
普段はつい日常に埋もれて震災のことを忘れているけれど、身近にこんな活動をしているグループがあると知って、共感することで被災地につながる思いがあるのだと。
多くの方にご寄付を頂き、イベントそのものの経費にあてさせて頂きました。

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当日は、明海荘の宴会場をお借りして、壁や床を完全にビニルで覆うという大作業を行って、参加してくれる子どもたちを待ちました。
11人の子どもたちとその家族、あと、大島小学校の校長先生も来てくれました。

みんな、とても楽しんで書道を行い、その後の食事会でも笑顔いっぱいでした。
実際にはまだまだ不安と戦っていることも多いはずですが、私たちの出会った子どもたちはみんな元気に振る舞い、明るさを失ってはいませんでした。

そんな子どもたちのパワフルな作品をメッセンジャーとして、さらに思いをつなげようと、東京に作品を持ち帰り、展示会を行うことにしました。

5/3~6/2 銀座TSビル
6/9~6/29聖蹟桜ヶ丘京王ショッピングセンター
7/6~7/18 品川宿交流館

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展示会にあたり、子どもたちにメッセージをお願いしました。
送られてきた文章を読んでちょっとショックを受けました。
これまで受けた支援についての感謝の言葉が切々と綴られているものがとても多かったからです。
この子達はこの1年間、このように「ありがとう」と書く場面がどんなに多かったことか。
震災が無ければ、屈託無く自分の楽しさを追いかけている年頃なのに。
自分たちの状況はまだまだ不安だらけな中で、それでも感謝の言葉を綴るとは・・・。

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子供たちの作品は、私たちが思う以上にもの凄いパワーを持っていて、見る人たちを一瞬で惹きつけます。
「被災地の子供の作品だから」ではない、作品そのもののパワーが溢れていて、
被災地への思いが薄れている人の足をもふと止めさせ、「気仙沼大島?」と思い起こさせています。
子供たちの作品は立派なメッセンジャーになり、この企画の主役は完全に大島の子どもたちとなりました。

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会場に置いたメッセージを募るボードには、200通を超える来場者の声が寄せられています。
被災地から離れて暮らし、日々の生活の中で震災のことを忘れがちな方々に、まだまだ終わっていないことを伝たい。
そして、展示会終了後は子どもたちに届けて喜んでもらいたいなと思うと同時に、自分たちも復興の主役だということを実感してもらえたらと思っています。





これらの活動を行うにあたって、グループ名を「遊結」としました。
メーリングリストで情報交換をしており、そのやり取り数は膨大なものになりました。
企画準備と運営、展示会の手配、展示準備・・・
みんな、フルパワーで活動しました。

とはいえ、それらの活動は「やった」というだけのものなんだろうと思います。
被災地のこれまでとこれからを考えた時、私に出来ることなんてほとんど無いと考えていい。
それでも、被災された方々が震災前には当たり前に発揮していた力を、当たり前に発揮できる環境を取り戻すまで、想いを寄せ続け、現地のニーズに寄り添った後方支援ができたら…と思います。

生活保護のこと

昨日の仕事帰り、駅の階段の下で、小さなおじさんがしゃがんでなにやらモゾモゾやっている横を通りました。
洋服が黒ずんだ感じの小さなおじさんでした。
いる場所とか、モゾモゾの感じに違和感があって振り向いてみたら、おじさんはモゾモゾが終わってまっすぐ立っていました。
おじさんが持っているのは署名用紙でした。
おじさんの風貌は、通常署名用紙を持って立っている人とは明らかに違う感じでしたが、
おじさんの目はキリっと真剣でした。

おじさんにもらったチラシは、生存権裁判に関するチラシでした。

生活保護の不正受給がまかり通っているのはもちろんよくないです。
でも、本当に必要な人が、大勢受給している生活保護です。
やみくもに制度への不信感を煽る最近の報道や世論に怖さを感じています。

駅の反対側の通路でも、同じように衣服の黒ずんだおじさんが署名活動をしていました。
小さく小さくなって、通りすがった人に「すみませんが・・・・」と小さく声をかけていました。
一生懸命生きてきたのが全身ににじみ出ていました。
こうやって、人の前に出て窮状を訴えるなんて、ホントは心臓が飛び出るぐらいのことだと思います。
それを・・・。
おじさんたちがそこに立つまでの追い詰められた心情。
心が動かずにはいられない出来事でした・・・。

同窓会コンサート

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大学で音楽科だった事なんてすっかり忘れかけていますが、2年に一度、その記憶を搾り出して、同じクラスだった友人たちとコンサートを続けてきました。

今回で11回目、なんと22年!!

仕事で責任のあるポジションについたり、さらに母業に追われたりして、皆の忙しさは熾烈を極めています。
それでも、その合間を縫って集まって、オンガクする事のなんと楽しいことか・・・。
技術はどんどん衰えるので、聴きに来てくださるお客様にはかなりのボランティア精神が必要とされますが、22年目にもなると、来てくださる方も、「それが楽しい」と言ってくださる寛容な方ばかり残っているようです(^_^;)

私はショパンに挑戦しました。
演奏はヘロヘロになっちゃって、親しい知人には「なんであんな難しいのにするの??」とお叱りを受けるほどで(^_^;)、聴いてる人にはかなり申し訳なかったですが、
あのメロディが弾きたくて、何度弾いても飽きないので、コンサートという機会で多少自分のものに出来たことに、大満足・・・。

歳を取るごとに、この自己満足度が高まっていくんだろうなあ・・・。
ヤバイなあ・・・。
でも、楽しいなあ~~~。

今回の参加は、9人。
出られない仲間も応援メッセージを届けてくれます。
続けることで、いろんな状況を背負いながらまた戻ってこれる場所になりつつあるのかな。
同じ思いを共有して続けてこられた仲間がいることの幸せもしみじみかみ締めました。

お花見2012

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去年は大々的に集まらず、何人かでお花を愛でながらお酒を飲みました。

今年は、12時間耐久花見を復活させました。





参加人数、入れ替わり立ち替わり、延べ20人ぐらいでしょうか。
あいにく、ものすご~~~~~~~く寒い日でしたが、12時間居続けたふみえさんお疲れ様っっ!!
君こそ本物の呑兵衛だ!!
・・・って殊更に言わなくてもみんなわかってることですが・・・。

何だか今回は終盤に差し掛かるほどまれにみるH態揃いになっていき、随分コアな話題で盛り上がってしまいました。

私も酔っ払っちゃって、片付けとかちゃんとやってくれた皆さま、ホントにありがとうございました。
来年も4月の第1土曜日の予定だよね?ナベちゃん?

縞枯・茶臼 スノーシューデビュー

雪山登山は行かない・・・と固く心に決めていた私。

友人MRさんから、「どこか山に行きたい~」と誘われ、「じゃあ奥多摩辺りでも??」と軽い気持ちで計画し始めたところへ、前回燕岳でご一緒したMFさんから、なにやら壮大な計画が舞い込みました。
乗鞍岳?スノーシュー?え???

彼女の計画はいつも、出発から帰京後の打ち上げまで完璧です。
今回も、すでに彼女の目の前には雪原と雄大な景色と美味しい下山食が出来上がっちゃってる様子。

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「ホントに大丈夫なのか??」と心配を抱えつつ、結局スノーシューも借りてもらい、気がつけば蓼科のピラタスロープウェイに到着していたのでした。(行程の都合などで行き先は乗鞍から変更)

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私以上に不安を抱えていたのは、スキーもしたことがない!というMRさんだったことでしょう。
雪山用の装備なんてもちろんありません。
ありったけの寒さ対策をして出陣しました。


もうおひと方、山のベテラン、T本氏をお誘いしました。
今回もまた、いろいろな場面で助けていただきました。
山の描写は、ぜひT元さんのブログでお楽しみ下さい・・・。
http://55crossroad.blog108.fc2.com/blog-entry-433.html

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さて、不安いっぱいで出発したスノーシューツアーでしたが、終わってみれば「最高~~~~!!!!!!!」。




何年か前まではスキーに行っていましたが、同じ雪山でも、人けの少ない林の中をゆっくり歩くというのは、山そのものを楽しむということでは全然違うものでした。

お昼には、ナント、美穂さん手作りのアップルパイが!
贅沢すぎる・・・。

お天気イマイチだったけど、止まるとすごく寒かったけど、でも楽しかった~~~。

雪山登山は行かないよ。
でも、雪の林に分け入るぐらいはこれからもしちゃうかも~~。

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てるこさんは、今回は微妙な働きでしたが、きっと貴女がいなかったらもっと天気が荒れて遭難しかけたことでしょう。
ありがとう、さようなら、てるこ。






心に残る出来事

載せられなかった心に残る出来事を、ダイジェストで残すことに・・・。

【2月11日~12日】
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NPO法人在宅福祉サービスウイズさんの企画する「冬のお泊り会」にボラスタッフとして参加しました。






夏と冬、年に2回実施しています。
参加するのは知的に障害があって1人での旅行参加が難しい方々と、それをサポートするボラスタッフです。


重い知的障害を持つ方にとって、普段の生活とがらっと変わる旅行に参加することは、最初は必ずしも「楽しい」ばかりではないこともあります。
パニックを起こしたり、夜眠れなかったり、一緒に行動するスタッフにとっても、命を預かるという緊張感を実感する場面があったりします。

でも、何度か参加するうちに様子がわかるようになると、安心して楽しんでくださるようになり、それが伝わると、スタッフとしてもとても嬉しく思えます。

この一泊旅行は、参加者の保護者の方にとっても大事なものです。
社会的な制度が成熟していない今の世の中では、思い知的障害のある我が子の自立はなかなか難しく、成人してもずっと保護者であり続けなければなりません。
この旅行に送り出す2日間、保護者の方々は年に何回も無い「自分の時間」を持つことができるのです。

と、いろいろ背景はあるんですが、行ってしまえばこれがまた楽しいんですよ~~。
旅の様子はウイズのホームページで
http://www.npowith.or.jp/event/pg/view.cgi?id=1307411308



【2月18日】
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この冬の大雪は大変なものでした。
実家の秋田でも、毎日、何度も何度も雪かきをしなくちゃならなかったそうです。





テレビでも連日、独居の老人宅の困窮などが報道されていました。
自治体も全力で動いているけど、間に合わない・・・。
何かできないか・・・と探し、ボラバスで日帰りで越後湯沢に行きました。

関越トンネルを出ると、車内は絶句・・・。
高速道路の分離帯に積み上げられた雪で、反対車線が見えません。
路肩に積み上げられた雪も道路部分まで迫っていて、かろうじて2車線にはなっているものの、通常のスピードで走るのは怖すぎ・・・で、大渋滞・・・。

ようやくボランティアセンターについて、わすかな時間でしたが、1件のお宅の雪かきをお手伝いさせてもらいました。
障害のある独居の方のおうちとのことでした。
古い木造家屋の2階部分まで雪が積みあがっているところにスコップを持って登っていき、1階部分の窓が出るところまで雪をよせました。
20人ぐらいで1時間作業して、ようやく家の外周を一通り雪よせ。
でも、足の下にはまだ2m近くの雪です。
これを1人でやっていたとしたら・・・気が遠くなる作業です。

道路の両脇は高い雪の壁で挟まれています。
あの高さ、テレビなどでは何度も見ましたが、実際にその下に立つと「はあ~~~~・・・」とため息が出てしまうほどの威圧感がありました。

今となってはあの光景は幻のように春ののどかな風景に入れ替わっているのでしょうね。
自然は美しく、強い・・・。


【2月24日~25日】
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気仙沼大島で書き初めをしよう、という企画を進めたいと、下見に行きました。






今はもう書き初めも終わり、展示会の準備に追われていますが、http://blog.livedoor.jp/omoyose/
この日の出会いと大雪は心に残る出来事でした。
旅館明海荘のご夫婦が、クタクタになっても笑顔で復興のために頑張っている姿、
それを支援する団体の代表、吉田さんと、夜遅くまで語り、書き初めをする意味を深められたこと、
立教大学が派遣している学習支援の学生、しんちゃんのさわやかさ・・・。

その後につながる、大事な時間でした。

で、大島は雪が多いところではないんですが、なぜか私たちが訪問する時には雪に見舞われるようで・・・。
大雪の中を去っていく私たちの姿が、明海荘の女将さんには「なんでまた~~」って感じで、かなりウケていたようです(^_^;)

震災ボラ vol.8(予定)

局所的に超A型なので、ホントは
①2月の障害ある方々と行った旅行
②越後湯沢の雪かき
③気仙沼大島の企画の下見
④スノーシューデビュー
と、順番に載せないと気持ち悪いんですが、そうも言っていられず・・・。

あさって、3月31日~4月1日は気仙沼大島に行きます。
お正月にお世話になった明海荘さんで、島の小学生たちを対象に「書初め」をするのです。
書初めって1月にするものですが、つい先日、震災から1年目が明けたばかりの気仙沼で、気持ちをこめて書初めをします。
1月に明海荘さんから聞いた話などはこちら
http://95097013.at.webry.info/201201/article_2.html

参加者は15人になりました。
それぞれがこれまでも被災地への思いを寄せてきた人たちです。
心強いメンバーが揃いました。

そして、現地には行けないものの、寄付や情報、作業などでも、大勢の方に協力していただきました。

山でお世話になっているT本さんは寄付関係の旗頭!
http://55crossroad.blog108.fc2.com/blog-date-20120328.html
ホントにありがとうございます。

ボランティアで知り合った方々からは本当にたくさんの情報を頂きました。
被災された方のことを常に一番に心に置きつつ、
被災地での活動を通して知り合った方々の気持ちの深さにもいつも頭が下がります。

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作業をお願いした友人も、子育てでてんてこ舞いの中、用意周到に時間を作って協力してくれました。




諸々進めるのにグループ名が必要で、大紛糾の末、
「東日本大震災こころ応援団「遊結(ゆうゆう)」」という名前になりました。
メンバーがブログも作ってくれました。
http://blog.livedoor.jp/omoyose/

何だかどんどん話が大きくなっちゃってオロオロしちゃいますが、
「被災地はもう随分落ち着いた」と思っている人も多いこの頃、
まだまだ力が必要で、忘れてはならないということが、
この活動からも少し拡がるなら、できるだけのことをしたいと思います。

震災ボラ vol.7

1月、南三陸町に行きました。
震災から1年近く経ち、ボランティアで知り合った友人たちが、活動の中でそれぞれいろいろなつながりを持つようになりました。
そんなつながりもあって、今回のボラは南三陸町へということに。
メンバーは、ボランティアで知り合った友人3人とその友人2人、私と妹の7人になりました。

今回も現地の営業している施設をできるだけ利用したいという思いに、友人たちも同意してくれました。
実は、継続して何度も東北に行こうと思ったら、一回の経費はできるだけ抑えたいというのも本音です。
なので、現地で無料で宿泊場所を提供してくださっているところがあるのは、本当にありがたいことです。
また、今回同行のメンバーが勤務しているKDDIさんが、災害支援に向かう社員のために交通費を援助してくれるという制度も大変ありがたかったです。

もっと頻繁に足を運んでいたら、いつも、というわけにはいかないところですが、宿泊は民宿「ながしず荘」にしました。

今回は、いつもにも増して多くの心に残る出会いがありました。

★壊滅状態の志津川中心部のはずれで、コンテナで営業をしているタバコ屋さん兼食料品屋さん。6月から営業していたそうです。
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★志津川の北にある歌津という町にできた仮設商店街に集まっていたおばちゃんたち。被災の経験をものすごいパワフルにユーモアさえ交えて語り合っていました。語れるようになった方がいて、語り合うことが必要だと感じているのだと思いました。
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★民宿「ながしず荘」のお母さんと、ながしず荘に宿泊していたおじさん。被災してからの自分の経験を語り、「これから怖いのは孤独だよ」とおっしゃっていました。

★ながしず荘に長期滞在して現地の支援を続けている、「戸倉復興支援団」の厨(くりや)さん。2日目の朝食時にちょっとお話したのをきっかけに、この日は厨さんの活動をお手伝いすることになりました。

★「戸倉復興支援団」が行っている、仮設の集会所作りを支援している斉藤さん、資金提供の団体の方、小屋作りを行うスティーブさん。発信する人がいて、応える人がいて、小さいながら地元の思いが迅速に実現する様を目の当たりにさせて頂きました。
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★小屋作りをしていた地元の方々、小屋の土地を提供した仮設住宅の自治会長のお母さん。
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その場所で、震災前はレストランをして、どぶろくを作っていたそうです。
この日偶然そののぼり旗が見つかり、懐かしんでいらっしゃいました。



★トイレを貸していただいた仮設住宅の集会室で、縫い物をしていたお母さんたち。縫い物の材料は、県外の支援団体から送られてくるそうです。やはりパワフルなおしゃべりが繰り広げられていました。




立ち寄った志津川の駅跡、防災庁舎などの姿に胸を締め付けられながら、これからも、ギリギリで頑張っていらっしゃる地元の方々の思いに寄り添っていきたいと改めて思った2日間でした。
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1月17日は山の神の日

画像「山の神」といえば駅伝の神様のようになっていますが、1月17日は、山で仕事をする人たちが山の神様に安全を祈願する日です。
この日は山には入らないのが慣わしで、私の職場でも、この日は山での作業は行わずにみんな机仕事をしてました。
山の神様にお酒をお供えに行って、夜は宴会をします。
川の上流から下流まで、けっこう多くの山仕事の関係者がこの行事を続けているようです。

山の神様は女性で、昔から女性が山に入るのは良しとされなかったみたいなので、
たまに仕事で山に入るときは「大変失礼致します」という気分で入ります。

書初め

妹の友人が書道教室の先生で、昨年一緒に飲んだときに盛り上った「書初め大会をしよう!」。
友人に声をかけると物好きが10名ほど集まり、書道教室の子どもたちと一緒に実現の運びとなりました。

「大きな紙に書きたい」の、私たちの我がままに、先生は見事に応えて下さり、子どもたちの、迷いなく伸び伸び書く姿にも後押しされ、皆、思いのままに、思いのたけを書き上げました。

「春夏秋冬」「世界平和」「不老長寿」「天下泰平」
という定番物?から、徐々にヒートアップし、

「自画自賛」「大根忍仁」「老化防止」「元気です」「愛は親切」「憧れの生活」「過去との決別」「抜歯無痛」「麦酒万歳」「生物多様性」「断捨離」「アロハ魂」「主菜 副菜 ご飯 汁」「苦渋の決断」「大器誉殺」・・・
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みんな大丈夫・・・(^_^;)?
墨と和紙は心に思わぬ影響をもたらすようです。

先生は、恋愛に臆病な30代草食系イケメン風男子。
「一方通行」と書き上げると、子どもたち、
「どういう意味?」
「なんで?」
「バカ、片思いってことでしょ・・・」
ガンバレ先生!!

書道、楽しいです。
先生、またよろしくお願いしますm(__)m
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